循研での研究

論文の作成

様々な試行錯誤と新しい発見を重ね、多くの人とのディスカッションを経てデータと解釈が充実し、首尾一貫した病態の理解ができるようになったら論文作成に着手する時期です。

データの整理と作図

まず全データを見直し、必要に応じて論文に掲載するスタイルでグラフや注釈付の写真にします。数年間の研究の中でなかば忘れているデータに気づくこともあります。まず論文に使うデータを決め、そのデータをすぐに見られる場所に整理しておきます。パソコンであれば、「論文用データ」のフォルダを作り、その中に整理します。

次に、データから図を作ります。図のフォーマット(形式)はラインの幅、色、フォントの種類やサイズなど厳密に統一します。図のまとまりや順番を頻繁に入れ替えても差し支えないようにするための準備です。意味のあるかたまりになるように、グラフや写真をまとめて、その意味にふさわしいタイトルを付けます。論文では、意味のあるグラフや写真のかたまりを「図:Figure」と呼び、図の中の1つ1つのグラフや写真を「パネル:Panel」と呼びます。

タイトルがついた図が幾つかできたら、病態の理解を深めるストーリーに沿ってタイトルを並べます。その順番は、自分が実験してきた順番とは無関係です。多くの場合、着想のきっかけになったデータ、着想から得られた仮説を証明するデータ、その証明を補強するデータの順番にします。ここまでで仮説が証明され、新たな病態理解が得られたことになります。病態をさらに深く理解するためのデータや、臨床につながるようなデータを加えることもあります。

以上の作業は、実はチームミーティング、データカンファレンス、学会発表などで何回も考えたストーリーのおさらいです。しかし、図にして落ち着いて考えると客観的な視点が得られるので、病態をより深く論理的に理解できるストーリーに組み替えることもよくあります。

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Resultsを書く

こうしてストーリーのアウトラインが決まったら、タイトルがついた図を見ながら、データのどこが重要かを順番に説明していきます。まず日本語で書いてから英語にする人もいれば、最初から英語で書く人もいます。データの説明が書けたら、データ説明の前に「○○という課題を検討した」と書き、データ説明の後に「データは□□と解釈される(=課題の解決)」と書くことで、データをひとまとまりにする妥当性と意義を示します。

以上で結果(Results)部分の1つの章が形になりました。タイトルがついた図の数だけ章を書いたら、結果部分の完成です。こうして論文の結果部分では、それぞれの章で小さな課題を解決して行きます。

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Discussionを書く

結果部分ができたら考察(Discussion)を書きます。まず、小さな課題がいくつか解決されたことを書いて結果のまとめとします。次に、解決された小さな課題を総合して考えると1つの大きな課題が解決されることを書きます。これが論文の結論(Conclusion)であり、「これまで未知だった病態が◇◇と理解される」のように書きます。

以上の部分までは、自分の世界(自分の課題、データ、解釈、課題の解決)について書いてきました。次に、自分の世界と外の世界(既に発表された論文)の関係を書きます。自分のデータ、解釈、結論がこれまでの論文と整合性があるか、もし整合性がないならその原因がどこにあるかを考察します。自分の結論と、既に発表された論文の間に整合性があるなら、結論はより確からしいことになりますし、整合性がなければ、そこに新しい発見が潜んでいる可能性があります。

考察の最後には、自分の世界(この論文)と外の世界(一般的な病態理解や臨床的な問題)の関係から、この論文が外の世界に与える影響(インパクト)を書いて論文の結びとします。結論を得るための完全なデータを得ることが現実的ではなく、不十分なデータしか示せなかった場合は、その旨を論文の限界(Limitation)として記載することもあります。

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Introductionを書く

結果と結論の部分を書いたら、背景部分(Introduction)を書きます。今回の研究で自分が解明した病態が、これまでは解明されておらず、そのため解決できない問題があることを書きます。つまり、自分が取り組んだ課題が重要であることを書きます。そして、未解明だった病態についての仮説と、その病態仮説を着想した経緯を書きます。背景の最後には、1つの大きな病態仮説をいくつかの小さな仮説に分解して、それぞれの小さな仮説を証明すれば大きな病態仮説を証明できることを書きます。この背景部分は、読者を外の世界(臨床的に解決できない問題)から自分の世界(病態仮説の証明)に案内するために書きます。

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論文とは何か?

結局のところ論文とは「世の中に無数にある問題の1つを解決したことの報告書」だと私は考えています(図)。「○○で困っている」という世間の問題を解決するには、研究者独自の視点から既に分かっていることと、まだ分かっていないことを整理して「△△は分かっているが、■■が分からないから解決できない(■■が分かれば解決できるだろう)」と書きます(抽象的な問題を具体的な課題にする)。ここまでが、論文の最初(Introduction)に書くことです。そして「■■が分かるようになるために◇◇という方法がある」ことを書き(Methods)その方法を実施した結果(Results)を書きます。最後に、既に分かっていることと新しく分かったことを考えあわせて(Discussion)問題が解決できたことを書きます。全ての論文が、Introduction / Methods / Results / Discussionという順番で書かれているのは、このような考えの道筋に沿っているためです。

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論文の構造と書く順番

完成した論文はIntroduction / Methods / Results / Discussion の順番ですが(図)、論文を書く順番は違います。原則的に「動かせないもの」から「動かせるもの」の順に書いていきます。

一番動かせないのは「Methods」です。研究方法は結果によらず決まっており、その方法を最終的に使うか使わないかの区別しかありません。使うと決まれば内容も決まります。

次に動かせないのは「Results」です。論文を書く時点では、実験データ自体は決まっています。一方、データをどのように組み合わせ解釈するかにより、得られる概念は変わります。

Discussionでは、すでに決まっているResultsから分かった具体的な新しい概念を1つ書きます。そして、たくさんの既報の中から自分が発見した新しい概念と組み合わせるのに適した既知の概念を選び出します。新しい概念と既知の概念を組み合わせることで、初めて言えるようになったこと、つまり結論を書きます。結論は新旧概念の組み合わせで抽象度が高いので広い範囲に適用できます。これが問題の解決です。

以上のことから分かるように、新しい概念が決まるまでは組み合わせるべき既知の概念も決まらず、解決すべき問題も決まりません。そのため問題と課題を提示するIntroductionは、最後に書くことになります。気持ちとしては、テストの答えを知った上で、答えに合わせたテスト問題を作る学校の先生です。

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論文を書く順番の例

例えば、病態Xで分子Aを阻害すると分子Bの活性が下がるというデータが得られたとします。データから得られる新しい概念は「分子Aが分子Bを制御する」です。ここで、病態Xでは分子Bの活性が重要であることが既報(既知の概念)であったとします。既知の概念と新しい概念を組み合わせることで、「分子Aが分子Bを制御することで病態Xを引き起こしている」と言えるようになります(抽象度が高く新しい概念=結論)。Introductionでは、「分子Bの制御メカニズムが分からないので病態Xは解明できていない」という課題設定をして、「本研究では分子Bの制御メカニズムを探求した」と書くことになります。

ここで、本当に分子Bの制御メカニズムを探求するために研究を開始したかどうかは、さして重要ではありません。たとえ偶然の発見だとしても制御メカニズム自体は変わらないからです。新しい概念(発見)と既知の概念を組み合わせることで言えるようになったこと(問題が解決できたこと)の方がはるかに重要です。同様にResultsにおいて、実際に実験を行なった順番は重要ではなく、データおよび解釈が論理的な順番とまとまりに沿って提示されていることが重要です。

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