久留米大学循環器病研究所の雑感

雑感

この「雑感」のページには、研究活動で感じたことや、循研方針の背後にある考えを不定期に掲載します。記事内容は循環器病研究所の公式見解でなく、職務に基づく私個人の考えとお受け取りください。

久留米大学 循環器病研究所 青木浩樹

マトリックス型研究組織(2019.11.17)

今回は研究組織の体制について考えてみます。

かつての医局制度のもとで、医局研究室では多くの若い医師が研究に従事していました。そこでは、先輩から後輩に研究方法が伝承される徒弟制度で研究が行われていました。若い医師は、見よう見まねで研究する中で、言葉やマニュアルにならない豊かな「暗黙知※」として問題発見・解決力を身につけていったのです。

暗黙知は経験によってのみ伝えられるため、この体制では多くの労力や時間が必要でした。そこには言葉にならない価値があるため、私も「若い頃にはバッファーや電気泳動ゲルを自作したものさ」などと自分の過去の経験を語ってしまうのです。

現在、医学研究や医療が高度化し若い医師の「大学離れ」が進む中で、この研究体制を維持することは難しくなってきました。学ぶべき知識はどんどん増えるのに、使える時間や労力という資源は有限だからです。

しかし、研究をあきらめて医療経験や専門医取得だけに専念してしまうと、問題発見・解決力を身につけることは難しくなります。医療経験や専門医の勉強では既にわかっていることを学ぶのに対して、問題発見・解決力はわかっていないことを相手にするものだからです。研究をやめると病気の理解が進まないという、人類全体の問題もあります。

この問題を解決するために、循研では「マトリックス型研究組織」の体制を取っています。その要は、研究を主体的に進めるプロジェクト部門(研究班、研究者)と、研究方法を提供する機能部門(サポートチーム)の役割を分けた上で、双方が力を合わせて研究プロジェクトを遂行するという考え方です(『研究体制』図参照)。これは、限られた資源を効率よく使って研究成果を上げるためのデザインです。

 

マトリックス型研究所1

かつての研究体制では研究者個人の努力で方法を開発し習得していたのに対して、マトリックス型研究組織ではサポートチームが安定した研究方法を提供します。この体制により、より高度な研究を効率的に実施することができますが、ともすると研究がサポートチーム任せになってしまう恐れもあります(『研究体制の比較』表参照)。

マトリックス型研究所2

 

循研は『今ないものを世の中に』を標榜しており、「新たな研究成果」と「問題発見・解決力を持った人材」を世の中に送り出すための組織です。そして循研の調査研究では、問題・発見解決力を獲得するためには、「問題に主体的に取り組むこと(自律性)」と「試行錯誤」の2つが必須であることがわかっています。

サポートチーム任せの研究でも成果は上がるかも知れませんが、試行錯誤を人任せにする「名ばかり研究者」では問題・発見解決力を得ることはできず、本末転倒というものです。マトリックス型研究組織である循研が本来の機能を発揮するためには、研究者が主体的に研究プロジェクトに取り組む意識(プロジェクトオーナー意識)を持ち、試行錯誤することが必須です。

研究方法の習得やデータ取りは『理解の構造』の下部構造にあたります(『理解の構造』図参照)。かつての研究体制では、研究者はこの下部構造を作るために多くの資源を投入する必要がありました。それは大事な試行錯誤の機会でしたが、上部構造を作るための資源が不足する(論文を書く時間がなくなる)こともしばしばありました。

マトリックス型研究所3

 

マトリックス型研究組織では研究方法の再現性とデータ取りの効率が大幅に向上します。そのため研究者は、事実から様々な解釈を生み出し、適切に組み合わせて『理解の構造』を作るための論理的な試行錯誤により多くの資源を投入することができます。日々の研究活動の中で資源を投入する対象を、『理解の構造』の下部から上部にシフトさせることで、研究者は問題発見・解決力を獲得するとともに、より価値のある研究成果を生み出すことができます。

循研教授としての私の役割は、『今ないものを世の中に』を達成するためにマトリックス型研究組織をデザインし、適切に運用することだと考えています。

暗黙知と形式知(Wikipediaより)
暗黙知:経験的に使っているが簡単に言葉で説明できない知識
形式知:文章・図表・数式などによって説明・表現できる知識

循研ピアレビュー2019:プロジェクトの捉え方(2019.7.3)

2009年に循研ピアレビューを開始してから、循研メンバーは着実に力をつけてきました。その表れとして今年度の科研費採択率は70%を超えました。採択率の向上は素晴らしいことですが、それ自体が目的ではありません。

循研ピアレビューの目的は、自分の中に眠る力を発見し、最大限に伸ばすことです。それは、「問題」とは何かを追求し具体的な解決へと導く力です。この目的に沿って循研ピアレビューは進化を続けています。

循研ピアレビューでは、4つの観点(重要性、独創性、リアリティ、読みやすさ)申請書を評価します。そしてプロジェクトの全体像を、「理解の構造」という一貫したフレームワークで捉えます。「評価」と「理解の構造」の関連づけが、この数年間のテーマです。循研ピアレビュー2019の手順.001

一昨年は、評価を理解の構造で整理しようとしました。プロジェクトの全体像を掴みづらかったことが反省点でした。昨年は、プロジェクト自体を理解の構造で整理しました。いきなり理解の構造に当てはめるのが難しく、評価しづらかったことが反省点でした。

今年は、4つの観点から「改善点」「強み」「売り」を抽出しつつ申請書を読み込みます。そして読み込んだプロジェクトを理解の構造で整理しなおし、その構造の中でプロジェクトと評価の対応を可視化することを目指します。

 

 

発見と発明のフレームワーク(2018.10.8)

前回の雑感では研究の動機を「根本原理の追求」と「用途の考慮」で考えるストークスの分類を紹介しました。研究成果として、前者は「発見」、後者は「発明」を目指すものと考えられます。医学研究は生命現象や病気の仕組みを解き明かすと同時に診断や治療への応用を意識しています。したがって医学研究は概ねパスツール象限に位置付けられます。

以前の記事に示した「理解の構造」は「発見」を記述する論理構造です。今回は「発明」まで考えに入れて「理解の構造」を発展させてみましょう(図)。

発明と発見のフレームワーク

さて、発明とはなんでしょうか?

特許法では発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されています。有体物であれ無体物であれ、発明は単なる頭の中の考えではなく具体的に存在するので、ここでは「理解の構造」のうち一番下の「データ・事実」レベルに置きましょう。

発明を構成するものは自然法則を利用した「要素技術・方法」の組み合わせです。これを下から二番目の「方法・解釈レベル」に置きましょう。

発明を実施した効果で課題の解決が得られれば発明は完成ですが、そう簡単にはいきません。生命現象や病気の理解が不十分なことが多いためです。

課題が解決されない場合は、発明を実施した効果を検討して課題が解決できない理由を明らかにし、新たな自然法則を発見する必要があります。

発見に基づいて要素技術・方法を組み合わせ、発明を実施して課題が解決できるかを検討します。これを繰り返して課題が解決され、社会に望ましい変化を起こすことができれば発明は完成です。

以上の考察から、多くの医学研究では発見と発明の同時追求が必要であり、パスツール象限に位置することが分かります。発明と発見の重みづけはプロジェクトの目的により異なるでしょう。

発見と発明を組み込んだフレームワークを図に示します。研究計画書や論文を作成する際に使ってみてください。参考に、発明を記述する代表的な文書である特許明細書の記載事項を示します。研究計画書や論文と対応づけてみると面白いでしょう。

 

研究分野のストークス分類(2018.9.26)

今回は、基礎研究や応用研究という分類について考えてみましょう。

従来、研究は基礎研究→ 応用研究→ 実用化の順に進むリニアモデルで捉えられてきました。これに対して、米国の科学技術政策研究者ドナルド・ストークスは研究の動機に着目し、基礎研究が必ずしも実用化を目指さないこと、また応用研究は基礎研究から実用化への単なる過程ではないことを指摘しました。

ストークスは研究を「根本原理の追求」と「用途(実用化)の考慮」という2つの異なる動機で捉え、各象限に対応する研究活動や研究者が実在することを示すために、著名な研究者の名前を各象限につけました(図)。純粋基礎研究であるボーア象限、純粋応用研究であるエジソン象限、用途を考慮した基礎研究であるパスツール象限がそれです。

中でも、応用研究が基礎研究から実用化への単なる過程ではないことを示した「パスツール象限」には大きな意義があります。「パスツール象限」は、用途と根本原理という2つの目的を同時追求することに意義がある研究分野の存在を示したのです。

ストークスの分類では左下の象限は名付けられていません。この象限には、調査研究や分類研究が該当します。それ自体は必ずしも原理の追求や直接的な実用化を意図しませんが、他の分野の基礎となる知見を得る研究分野です。疫学研究もこの分野と考えられます。図の「キーズ象限」は循環器系疫学研究の泰斗アンセル・キーズに因んで筆者(青木)が命名しました。

ストークス分類

「理解の構造」で見たiPS論文:検証可能な課題設定(2018.8.8)

循研では思考フレームワーク「理解の構造」を取り入れています。論理的な思考過程を8つのブロックで整理するシンプルなものです。今年は循研ピアレビューを「理解の構造」に沿って実施したところ、その使い方が今ひとつ分からないという意見が多くありました。未完成の科研申請書を題材としたため、「理解の構造」の使いこなしと申請書のいずれに問題があるのかが分かりにくかったことが一因と思います。

そこで、完成された論文を「理解の構造」で整理して見ます。題材は我が国が誇る山中伸弥先生の最初のiPS論文です(Cell 126, 663, 2006)。「理解の構造」で整理すると、この研究が緻密な論理に支えられていることがわかります(図)。

理解の構造_iPS

体細胞をES細胞と融合すると体細胞核が初期化されることは当時から知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。「体細胞の初期化メカニズムの謎」を検証可能な課題にするために、論文では大胆な仮定を置いています。それは、初期化因子は遺伝子でコードされた数種のタンパクの組み合わせであり、初期化された細胞はES細胞と似た性質を持つという仮定です。

これらの仮定が正しいかどうかは、実験してみなければわかりません。初期化因子は脂質のような代謝産物かもしれませんし、単なる組み合わせではなく比率や作用する順番が重要かもしれません。数百種類の物質の混合かもしれません。初期化された細胞も、ES細胞とは全く違う性質でありながら全能性を獲得するかも知れません。解明される前の謎には無限の可能性があり、全てを検証するなら無限の試行錯誤が必要で解決は事実上困難でしょう。

論文には検証されなかったことや解決を導かなかった検証は記載されないので、どのようにこれらの仮定が置かれたのか、勝算がどの程度あったのかは分かりません。一つ確かなのは、これらの仮定を置けば正しいにせよ誤りにせよ、検証が可能になることです。

検証を実施すれば謎が解けるかもしれませんし、解けなくても知識のネットワークは広がります。謎を謎のままにせず検証可能な課題にすることで「体細胞の初期化メカニズム解明」という世紀の大発見が成し遂げられたのだと思います。

このiPS論文には、上記の他にも課題検証に適したエレガントな実験方法や、事実の解釈から課題解決を導く巧みな論理が記載されています。是非、この美しい論文を読んで「理解の構造」とどのように対応するかを見てください。課題発見や解決のヒントが得られるかもしれません。

「理解の構造」は論文の構造を基本にしています。使いこなせば論文作成のガイドになり、研究に限らず様々な問題を整理し課題を解決するためのツールにもなるでしょう。

 

新しい循研ピアレビュー(2018.7.26)

循研ピアレビューは参加者の工夫により年々進化を重ねています。その成果は著しく、循研の今年度の科研採択率は57%と過去最高でした。採択率の向上は循研メンバーが問題発見・解決力を身につけてきたことを反映しています。長期的にはその問題発見・解決力こそが重要であると循研では考えています。

第10回となる今回は「理解の構造」によるフレームワークを全面的に取り入れます。フレームワーク思考法は問題への取り組みを、「整理」と「本質を考えること」に分け、整理の方法(フレームワーク)を揃える考え方です(前回の記事参照)。問題の整理方法を揃えることにはいくつかのメリットがあります。まず、いつも同じ方法を使うことで、整理が上手くなります。すると、より早く論理的に整理できるようになり悩むことが少なくなるため、問題の本質を考える余裕が生まれます。仲間と同じ整理方法を使うことでコミュニケーションが円滑になり、協力もしやすくなります。

今回使うフレームワーク「理解の構造」は、「人間の理解とは知識のネットワークである」という考えに基づいています。

「理解する」とは知識のネットワークができること

疾病を含めて自然界の事実は、人間が理解できてもできなくても変わりません。疾病を理解できないのは、疾病で起こる事実がわからなかったり解釈できなかったりするため、解釈同士をつなげて知識ネットワークを作れないからであると考えます。事実を発見して解釈し、既にある知識とつなげることで疾病が理解できるようになります。

「理解の構造」では事実発見から理解に至るまでを次の4段階に分けます。

 事実:人間の理解に関わらず変わらないもの
 解釈:事実と直結した概念
 解決:解釈同士が連結したもの
 理解:新知識と従来の知識がネットワークになったもの

今回は申請書を「理解の構造」で整理し、その売り、強み、弱みを明らかにしていきます。この方法は、従来の循研ピアレビューの手順(1. 問題点の洗い出し、2. 強みの抽出、3. 売りの絞り込み、4. 全体像の構築)を逆転した形です。双方向性の考え方をすることで、より問題の本質に近づくことを目指します。

「理解の構造」は、論文の構造そのものでもあります。循研ピアレビューに「理解の構造」を取り入れて、研究の最初からそれ意識することで計画、実施、論文作成を一元的に捉えることが可能になり、研究の全体像がより把握しやすくなります。また研究中に何回も理解の構造をブラッシュアップすることにより、問題発見・解決力が飛躍的に向上すると期待されます。

理解の構造:申請書と論文

問題解決フレームワークと自転車(2017.8.31)

複雑な問題は一人では解決できず、何人かで相談することはよくあると思います。何人かで考えることは様々な視点を得る良い手段です。しかし、メンバーの視点が様々であるため焦点がボケたり方向を見失うことがありますし、メンバー同士の誤解のためかえって解決から遠ざかってしまうこともあります。だからと言って他のメンバーと違う意見を控えてしまっては、みんなで考える意味がありません。

そんな時には、考えに一定の型(フレームワーク)を与えることが有効です。フレームワークは「考え」を入れ物(フレームワーク)と中身に分け、入れ物は統一して混乱を避けつつ中身の多様性を確保する方法です。

フレームワークは文字通り「考え方の型」であり、考え方を揃えることで中身に集中するためのものです。考えの抜けを防ぐためのチェックリストでもあります。また、「今ここを話してるよね」「今からここの検討だよね」と確認するためのコミュニケーション・ツールとして使うこともできます。

試しにネットで「問題解決フレームワーク」を検索してみるとたくさんの種類が出てきます。これは、やりたいことや問題の性質により適切な考え方が違うからです。

例えて言うならフレームワークは自転車のようなものです。自転車を使うと歩くより速く、より遠くまで行けますし、荷物を運ぶこともできます。しかし自転車だけで力を発揮することはできません。目的に合わない自転車は不便ですし、場合によってはお荷物になることもあります。乗り手の技量も重要です。

自転車と同様にフレームワークの使いこなしにも練習が必要です。そのためには、集中して何回も繰り返すことが大切です。皆さんも自転車の練習で転んだり擦りむいたりしたかも知れません。しかし練習すれば自転車に乗れるようになります。

自転車に乗れたらそこで終わりではありません。自転車に乗ることが自然になってきたらもっと遠くに行きたくなり、乗るのがさらに上手になります。

フレームワークも一旦使えるようになると、皆さんの考え方の一部になり、なぜ使えなかったのかも分からなくなるぐらいになります。そして研究以外の問題でも自然にフレームワークを使うようになり、ますます上手に使えるようになります。

研究とは考え方の集中的な練習です。研究を経験するということは、この一生使い成長し続ける力を手にすることだと私は思います。

理想のボス(2016.10.7)

sl%e7%90%86%e8%ab%96皆さんは「良いボス」に出会ったことがありますか?「悪いボス」で苦労したことはありますか?

マス・メディアには「理想のボスは俳優やスポーツ選手の誰それ」という記事が定期的に掲載されます。それだけボスとの出会いは我々の職業や人生で重要だからでしょう。

ところで、そもそも「理想のボス」っているんでしょうか。

今回は、「Situational Leadership 理論」について簡単にご紹介します。 ボスの良し悪しに関する考え方の一つで、Paul Herseyと Ken Blanchardにより提唱されたものです。

Situational Leadership理論では、リーダーの行動を、命令の強さと支援の強さで4つに分類します(図1)。日本語の分類名は私がつけたものです。

Directing(命令型):部下に明確な命令を下す
Coaching(コーチ型):命令だけでなく、気持ちや社会関係での支援もする
Supporting(支援型):支援はするが、あまり命令しない
Delegating(見守り型):部下の自主性に任せ、ボスは最終責任を取る

フォロワー(部下)も、能力の高さとコミットメントの強さで4つに分類し、成長段階に概ね対応させます(図2)。日本語の各段階名は私がつけたものです。

D1(新人期):やる気にあふれているが、仕事の力は低い
D2(中だるみ期):仕事の力はついてきたが、方向を見失いがち
D3(手応え期):力がつき方向も見えてきたが、独り立ちする自信はない
D4(自立期):十分な力を身につけ、やりたいこともはっきりしている

 

Situational Leadership理論では、部下の成長にマッチしたボスの行動が重要だと考えます(図3)。新人期にはやる気はあるものの何をどうしたら良いかわからないので、ボスは明確な命令を下すべきとします。中だるみ期には方向性を見失っているので、命令しつつも部下が自分で方向性を見つける手助けをします。手応え期にはそれなりの仕事能力やコミットメントを持っていますが、まだ自信がないのでボスは支援してあげる必要があります。そして部下が十分な力をつけて自立した時には、ボスは見守るだけにしますが、最終責任は自分で取る覚悟は必要です。その後、部下は独立していきます。

この理論では、「良いボス」や「悪いボス」がいるのではなく、リーダーとフォロワーのマッチングが重要だと説いています。例えば見守り型は自立期の部下には良いボスですが、新人には自分を放置する悪いボスだと感じられるでしょう。その他のミスマッチも考えてみると面白いかもしれません。

HerseyとBlanchardの本は日本語訳も出ているようなので、興味を持った方は調べてみてください。

もし良いボスに出会ったら神様に感謝し、悪いボスに出会ってしまったらミスマッチだと考えましょう。そして皆さんが指導する立場になった時には、相手の成長段階を考えると良さそうに思います。

あなたの最悪なボスは誰かの理想(かも)。

循研ピアレビュー2016の舞台裏(2016.7.20)

前回の『雑感』では、7年間の循研ピアレビューの歴史を振り返ってみました。

そして今年もH.28年6月15日から7月6日にかけて全3回の循研ピアレビュー2016が開催されました。今年は昨年までに作り上げた基本形を踏襲しつつ、2つの新しい仕掛けを導入しました。1つは実施上、もう1つは運営上の仕掛けです。

循研ピアレビュー2016.005

【実施上の仕掛け】

実施上の変更は3日目の「まとめ」です。これまでは各班から1日目の「問題点」、2日目の「強みと売り」を順次報告してまとめていました。今回は各班から「売り」を提示し、統一することから始めました。これには2つの意図があります。

一つは全員の意思統一です。「売り」とは研究プロジェクトが目指す方向です。目指す方向がそろっていなければディスカッションが噛み合わないので、全員で統一しておくことが大事です。今年は特に班ごとに「売り」の捉え方が違っていたので、その統一から始めました。

もう一つは、プロジェクトで解くべき問題の構造を明らかにすることです。1日目、2日目で問題点と強みがたくさん出ますが、全てが同じように大事というわけではありません。「問題点」はプロジェクトの方向を邪魔するから問題なのであり、もし邪魔にならなければ放っておいても良いかもしれません。「強み」も、プロジェクトの方向を強化するように使えるからこそ強みと言えるでしょう。「売り」を明らかにすることで、問題点と強みの優先順位付けができるようにしました。

 

【運営上の仕掛け】

昨年から完全に若手による運営に移行したことで、幾つかの反省点が出ました。中でも、循研ピアレビューを何回か経験したメンバーに発言が偏ることが問題視されました。研究経験が浅いメンバーも含めて多様な視点からの意見が出てこそ、ピアレビューの意味があるからです。

今年は開催に先立ち研究室4年以上のメンバーが集まり、発言しやすく建設的なディスカッションができるよう様々な工夫を凝らしました。班分けの仕方、司会や書記など役割分担はもちろん、ホワイトボードやテーブルの配置、座る場所にまで気が配られました。まず「売り」を統一しようというアイディアも、この工夫の中から生まれました。

 

【実施】

こうして様々な努力や工夫を織り込んでピアレビューが実施され、毎回3時間近くにおよぶディスカッションが行われました。今年のテーマは肺高血圧の基礎病態研究でしたが、参加者は基礎病態研究をしているメンバーに限らず、疫学研究や臨床研究をしているメンバー、さらに産学官連携推進室の方々にもご参加いただきました。

多様な視点からのディスカッションで手探りをしながら少しずつ前進し、最初はバラバラだったみんなの意見が次第にまとまり、最後にはパワフルな申請書への指針が得られました。ピアレビューの運営や実施を通じてメンバー1人1人が成長し、循研全体もまた少し成長したと思います。これを足場にして、これからも成長を続ける組織でありたいと循研では考えています。

循研ピアレビューの歴史(2016.6.14)

この記事を書いている日の翌日(2016年6月15日)から、循研ピアレビュー2016が始まります。手探りだった第1回から循研ピアレビューは少しずつ姿を変え、今年は第8回となります。一度、その経緯を振り返ってみようと思います。

もともと循研では若手全員が科研費を申請するのが伝統でした。ほとんどの若手にとって科研申請は初めての経験ですが、先輩たちをお手本に一生懸命書いて全国平均の採択率は達成できていました(2割ちょっと)。しかし、せっかくならもっと意義のあるものにしたいと考えたのが循研ピアレビューの始まりです。そもそも科研とは何で、申請することにどんな意味があるのかをみんなで考えようと思ったのです。以下、プロジェクト名は課題提供者の頭文字です。

 

2009 プロジェクト-TOpeer2009

初めての循研ピアレビューの半分は科研費制度のガイダンスでした。制度の要や審査基準を説明して、研究計画書を書く意味について私(青木)の考えを話しました。そして、O君が提供してくれた申請書(残念ながらその年は不採択)の問題点をみんなで話し合いました。実りある熱心な話し合いはできたのですが、ディスカッションが散漫になりがちで、今振り返ると結論も少しあやふやだったように思います。

 


2010 プロジェクト-TNpeer2010

ディスカッションが散漫にならないように科研審査基準に沿った観点を5つ決めました(問題点の明示、リアリティ、この人でなければ、お得感、読みやすさ)。ある程度ポイントは絞れて申請書を改善すべき点も見えたのですが、どう改善すれば良いのかはよく分かりませんでした。

 

2011 プロジェクト-HOpeer2011

観点をさらに絞り、重要性、独創性、リアリティ、読みやすさの4つにしました。4つの観点をホワイトボードの4隅に書いて問題点を整理するスタイルはこの年に始まりました。申請書の問題点は整理できたのですが、それを改善するだけで良い申請書になるのかという疑問が残りました。

 

2012 プロジェクト-NNpeer2012

観点の統一だけではなく、ディスカッションの方向性を揃えることにしました。そのために、1日目は問題点の整理、2日目は改善方法のアイディア出し、3日目は総合ディスカッションというスケジュールにしました。現在のスタイルの原型です。いろいろな改善案は出せたのですが、まとまりに欠ける印象がありました。この頃から循研の科研採択率は3割を超えるようになりました。

 

2013 プロジェクト-SNpeer2013

全体のまとまりを作るために申請書の良いところを明確にすることにしました。そのため、1日目は問題点の整理と改善案、2日目は良いところの整理と新しいアイディア出し、3日目は総合ディスカッションとしました。それぞれの整理はできたのですが、「問題点」と「良いところ」の関連づけがうまくできませんでした。循研の科研採択率は4割を超えました。

 

2014 プロジェクト-HUpeer2014

問題点と良いところを関連づけるため、1日目は問題点の抽出とまとめ(解決はしない)、2日目は良いところの抽出と「売り」のまとめ、3日目は「売り」を中心とした問題点の解決策を考えました。「売り」は申請書の良いところを突き詰めて考え、新しいアイディアも加えて作り出す「計画の柱」です。「売り」を決めることで、問題点と「売り」の関係やなぜ問題なのか、それを解決するにはどうしたら良いかが一気に見えるようになりました。循研の科研採択率は5割に達しました。

 

2015 プロジェクト-MSpeer2015

ほぼ前年度のスタイルを踏襲しましたが、私(青木)は出席しないことにしました。それまでは周りをうろうろして必要ならアドバイスしてやろうという姿勢でいたのですが。この年は例年のディスカッションに加えて循研ピアレビュー自体にどんな問題があり、どうやったら解決できるかも若手メンバーの間で話し合われました。その後も話し合いは継続していて、今回のピアレビューに反映されることでしょう。

 

当初から、循研ピアレビューの課題は不採択だった申請書1つでした。課題を提供することは申請者にとって、とても抵抗感を感じることと思います。それを乗り越える課題提供者の勇気と、その勇気に応えて全力を尽くす仲間の存在なくして循研ピアレビューは成立しません。そんなイベントが発展し続けていることが素晴らしいと私は思います。

申請者の努力と仲間の協力で、課題にした申請だけでなく参加メンバーの多くが科研費を獲得するようになりました。若手同士が研究の相談をしている姿もよく見るようになりました。この事実は、単なる申請書の書き方やコツを越えて、若手メンバーが科学者として大きく成長したことを物語っています。

試行錯誤を繰り返す中で循研ピアレビューは大きく発展しました。私が言い出したイベントではありますが、既に循研ピアレビューは私の指示ではなく、若手メンバー自身のイベントになったのだと思います。ある意味で私の存在は成長の阻害要因になっていたのかもしれないと反省もしています(ちょっとだけですが)。明日からの循研ピアレビュー2016には私は出席しませんが、若手メンバーが予想を超えた力を発揮してくれることが楽しみです。

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